東京地方裁判所 昭和53年(ワ)7878号 判決 1980年4月04日
原告
萩原茂喜
右訴訟代理人
伊藤清人
外二名
被告
清水商事株式会社
右代表者
古場秀昭
右訴訟代理人
山本忠義
外三名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一原告の父萩原茂一が昭和五二年八月一日被告に対しその所有する本件土地をプレハブ建倉庫の所有を目的として賃料一か月一三万円・毎月末日までに翌月分を受けるとの約定で賃貸し、被告が本件土地上に本件建物を所有して右土地を占有していること及び原告が昭和五四年八月に相続人間で行われた被相続人萩原茂一の遺産分割協議によつて本件土地の所有権を承継取得したことは、当事者間に争いがない。
二本件賃貸借契約が一時使用のための賃貸借であるかどうかについて判断する。
1 萩原茂一及び被告間に成立した本件賃貸借契約の契約書である成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証によれば、右各契約書は、市販の土地賃貸借契約書の用紙を使用したものであるが、賃貸借契約の目的として印刷された不動文字による「普通建物所有」の目的とある部分を削除して「プレハム造り倉庫建築」の目的とする旨書き改め(第一条。ただし、被告が所持する乙第一号証の契約書の文言による。原告が所持する甲第一号証の契約書の文言も同旨。)、賃貸借期間を昭和五二年八月一日から昭和五三年七月三一日までの一年間とする旨明記し(第二条)、更に、特約として、「本契約中と雖も賃貸人が必要を生じた時は賃貸人は三ケ月以前に賃借人に通告し解約する。」及び「賃借人は契約期間終了后本件土地の契約の建物等撤去し土地を原状に復さなければならない。」との各条項を特に書き入れ(第八条及び第九条。ただし、いずれも乙第一号証の契約書の文言による。甲第一号証の契約書の文言も同旨。)、賃借権の譲渡、転貸等及び建物の増改築について印刷された不動文字による「事前に賃貸人の書面による承諾を受けなければなりません。」との部分を削除して「賃貸人に損害を及ぼすべき一切の行為をしてはならない。」と書き改め、建物の増改築のほか、一切の附加物を設置することを特に書き加えて禁止していること(第四条)が認められる。
2 <証拠>によれば、萩原茂一は、段ボールの製造を業とする萩原紙工株式会社の社長であつたが、昭和五二年六月ころ、同社が段ボールを被告に納入する取引を開始したことから被告代表者古場秀昭を知り、むすこである萩原栄を介して古場から、被告の倉庫が狭くなつたので本件土地を貸してもらえないかと依頼され、いつでも必要なときにすぐ明け渡してもらえるならば本件土地を貸してもいいと返事をして、古場との間で、前記各契約書を作成して取り交わしたこと、萩原茂一と古場とは、右のように取引上の関係で知り合つただけで日も浅く、また、本件土地は被告の会社の付近にあつて、被告の営業にとつて絶好の場所であるにもかかわらず、萩原茂一は、被告から権利金、敷金等を一切受け取らないで本件土地を賃貸したことが認められる。
3 被告が本件賃貸借契約に基づいて本件土地上に建築した本件建物の種類、構造及び規模等は、別紙第二物件目録記載のとおりであるが、右建物は、コンクリート基礎の上に建てられているものの(被告代表者の供述による。)、プレハブ建築による軽量鉄骨造倉庫、便所であるから、部品を組み立て、ネジなどを止めて建物の本体を造り、屋根は亜鉛メッキ鋼板葺、壁はスレートを張つた程度の簡単なものであつて、平家建の単純な構造であり、その解体、移転にそれほど困難を伴わないと思われる。
4 萩原茂一が本件土地の賃貸借期間を一年として被告に賃貸した理由については、同人が本訴提起後死亡しており、証人萩原栄及び原告本人も、萩原茂一から特にその理由を聞いていない旨供述するので、これを推測するほかはない。証人萩原栄の証言、原告本人の供述によつて認められるように、萩原茂一が相当広い土地などを所有していて、同人の相続人となるべき者が一〇名もいたことなどから考えると、その理由は、原告主張のように請求原因第二項1に記載したような事情<編注・いつでも処分して換金することができるため>にあると推測しても不合理ではない(原告主張の理由は、萩原茂一が生存していて本訴の原告となつていたときに主張されたものであるから、同人が本訴の訴訟代理人にそのような事情説明をしたであろうことは疑いない。)。
5 被告代表者は、本件賃貸借契約を締結する際、萩原茂一から、何年でも契約を更新していくとか、一年の賃貸借期間は賃料の増額を容易にするためであるなどと言われた旨供述するが、右供述は、前掲<証拠>によつて認められる前認定1の各契約書の記載内容及び証人萩原栄の証言と対比してたやすく措信できない。
以上に認定した事実によれば、本件賃貸借契約は一時使用のための賃貸借であると認められるのが相当である。
もつとも、<証拠>によれば、被告が昭和五二年一一月本件建物(ただし、便所を除く。)について所有権保存登記手続を申請するに際し、萩原茂一が添付書類として被告が同年一〇月二〇日に右建物を新築した旨記載した地主の証明書を作成のうえ提出してこれに協力したこと、その後、本件建物(ただし、便所を除く。)について小松川信用金庫ほか二名のために根抵当権設定登記等がそれぞれされたこと、被告が同年一〇月二〇日有限会社生和工機に対し本件建物の建築費として六五〇万円を支払つたこと、被告が所持する土地賃貸借契約書(前掲乙第一号証)に特約として「本件契約の満期のときは相方合意の上更新することが出来る。」との条項(第一〇条)が書入れられていることが認められる。しかし、このような事実があつても、なお、一時使用のための賃貸借と判断する妨げにならないものと考える。
三被告が所持する土地賃貸借契約書(前掲乙第一号証)に特約として「本件契約の満期のときは相方合意の上更新することが出来る。」との条項(第一〇条)が書き入れられていることは、前認定のとおりである。他方、原告が所持する土地賃貸借契約書(前掲甲第一号証)には、そのような特約条項が書き入れられていないけれども、<証拠>によれば、乙第一号証の右特約条項は、萩原茂一の自筆によるものであることが明らかであり、本件賃貸借契約には、賃貸借期間が満了する際に契約当事者間の合意によつて契約を更新することができる旨の約定があると認められる。ところで、被告は、本件賃貸借契約が更新されていると主張するが、萩原茂一及び被告間に契約を更新する旨の合意があつたことまでを主張するものではなく、萩原茂一が昭和五三年七月二五日到達の内容証明郵便をもつて被告に対し本件賃貸借契約を更新しない旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。
一時使用のための賃貸借に契約更新に関する約定があるときは、右賃貸借に借地法第四条第二項に定める建物等の買取請求権に関する規定が適用されず、賃貸借期間が満了して契契が更新されないときは、賃借人が賃貸人に対して建物等の買取りを請求し得ないという不利益を受けることからみて、信義則上、賃貸人が恣意的に契約の更新を拒絶することは許されず、これを拒絶するためには正当の事由を要するものと解するのが相当である。
原告が主張する本件賃貸借契約の更新を拒絶する理由は、請求原因第二項1に記載したところと同様である。しかし、<証拠>によれば、萩原茂一の長男である原告は、父の生存中、相続税を納付する資金を確保するために本件土地を処分して換金することなどを聞かされていないこと、萩原茂一は、本件土地の南側にある地続きの土地667.25平方メートルも期間一年との約定で五十嵐某に貸しており、昭和五三年八月か九月ころ、右土地の返還を受けたが、更に、これをプラスチックの材料置場として伸新産業に貸したこと、原告は、さしあたつて本件土地を使用する計画を何も有しないことが認められる。他方、<証拠>によれば、被告は、ハンガー(洋服かけ)の製造及び販売を業とする会社であるが、昭和五二年六月三〇日に不渡手形を出して(この事実は、当事者間に争いがない。)倒産し、同年七月一四日ころ、債権者会議が開かれて被告の会社を再建することが決議され、債権者委員会が構成されたこと、債権者委員会では、直ちに被告の在庫を調査し、当面、その監督の下に「清水商事伊藤啓司」名義で営業を続け、その後、新会社を設立する方針が決まり、事実そのように運営されていること、萩原茂一が社長であつた萩原紙工株式会社も、当初から昭和五三年一一月ころまで債権者委員七社のうちの一社であつたが、同社の営業担当社員である萩原栄が常時債権者委員会に出席して、被告の会社を再建することを承認していたこと、本件建物(倉庫)は、製造したハンガーの置場として被告の営業にとつて必要不可欠のものであることが認められる。
右に認定した事実によれば、被告が本件土地を必要とする度合いは、萩原茂一がこれを必要とする度合いよりもはるかに大きいことはいうまでもなく、このことと、被告が本件建物に多額の建築費を投じたのに、右建物が契約更新時まだ建築後一〇か月も経過していないことを考え合わせると、本件賃貸借契約が初めから短い期間を予定した一時使用のための賃貸借であることを考慮しても、萩原茂一がした本件賃貸借契約の更新拒絶に正当の事由があるものと認めることはできない。
そうだとすれば、本件賃貸借契約は、萩原茂一及び被告間に契約の更新についての合意がないけれども、萩原茂一がした契約の更新拒絶は無効であり、被告は契約の更新を請求したものと認められるから、萩原茂一の同意を擬制することにより、右両名間に契約の更新についての合意があつた場合と同様、契約が更新されたものというべきであり、賃貸借期間である昭和五三年七月三一日の経過をもつて終了しない。
四原告は、被告が本件土地の賃貸借権を自ら放棄したものである旨主張するところ、被告が昭和五三年六月三〇日に不渡手形を出したことは、当事者間に争いがない。しかし、原告が主張するように、被告代表者古場秀昭が所在不明となつたり、被告が会社の実体を消滅してしまつたような事実を認めることはできないから、原告の右主張は当らない。
五賃料不払を理由とする契約解除の主張について判断する。
被告が昭和五三年一〇月分から昭和五四年二月分まで一か月一三万円の割合による賃料五か月分合計六五万円を支払わなかつたので、原告ほか九名が昭和五四年二月一三日到達の内容証明郵便をもつて被告に対し、右賃料の不払を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと及び本件賃貸借契約には、賃借人が三か月分以上賃料の支払を怠つたときは、賃貸人において無催告で契約を解除し得る旨の約定があることは、当事者間に争いがない。
しかし、<証拠>によれば、萩原茂一は、昭和五三年七月一〇日ころ、被告代表者古場秀昭が同月分の賃料を持参したところ、被告が倒産したことを知つたためか、賃料の受領を拒絶したことが認められ、その後においても、萩原茂一及び同人の訴訟承継人である原告は、本訴において、本件賃貸借契約が昭和五三年七月三一日の経過をもつて賃貸借期間が満了したので終了したことなどを主張して、本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを被告に求め、終始、賃料相当の損害金としてならば格別、賃料の受領を拒絶する意思を明確にしていたのである。このことは、前記契約解除の意思表示をした内容証明郵便である成立に争いのない甲第五号証の一において、原告ほか九名が「通告人らは被通告人(被告のこと)が昭和五三年八月一一日東京法務局に昭和五三年度金第五八三三九号を以つて昭和五三年八月分及び九月分の地代として供託した金二六万円を右土地の使用損害金として還付請求し受領する」旨記載していることからも明らかである。このような場合、原告ほか九名が被告の賃料の不払を理由に本件賃貸借契約を解除するためには、その前提として、賃料受領拒絶の態度を改め、以後、被告から賃料が提供されれば確実にこれを受領すべき旨を表示するなど、賃貸人側の受領遅滞を解消させるための措置を講ずることが必要である。それなのに、原告ほか九名は、右のような措置を講じていないから、被告の債務不履行責任を問うことはできないものというべきであり、前記契約解除の意思表示は、その効力を生じない。
六以上の次第で、本件賃貸借契約の終了に基づく原告の本件建物収去土地明渡請求及び賃料相当の損害金請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(安達敬)
第一物件目録
所在 東京都葛飾区奥戸四丁目
地番 壱、〇六〇番
地目 田(現況宅地)
地積 壱、〇九七平方メートル
のうち北側の429.75平方メートル(別紙図面表示のイ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ範囲内の地域)
第二物件目録
(一) 所在 東京都葛飾区奥戸四丁目壱、〇六〇番地
家屋番号 壱〇六〇番壱
種類 倉庫